わが母の記

タイトルは昭和を代表する作家、井上靖の作品のひとつです。井上靖は「闘牛」で芥川賞を受賞、日本文学に物語性を回復させ、昭和文学の方向性を大きく変えた作家で、「氷壁」「敦煌」「風林火山」など多数あり、「天平の甍」などは教科書にも取り上げられています。その中でも私は「しろばんば」「あすなろ物語」「夏草冬濤」など、井上靖自身の少年時代を描いたものが好きでした。タイトルの「わが母の記」は2012年に映画で公開もされました。主演は役所広司と樹木希林です。あらすじは見てのお楽しみですが、老いた母をこと細かく観察している描写があります。その中で、母はしだいにぼけてゆくのですが、まずは、今のこと忘れ、次に昨日のことを忘れ、しまいには記憶が子供に戻ってしまう、そんな描写があります。よくぼけると子供に戻るということを聞いたことがありますが、私の経験でも似た思いがあります。私の父は脳溢血でなくなりますが、母は90まで生き、老衰でなくなっています。晩年は多少ぼけてきたようで、事あるごとに、「またひとつ子供に戻った」そんな思いをしたものでした。私も年齢を重ね、このごろ、今、何をしようとしていたのかを忘れてしまうことがあります。ヤバイと思いますが、これも仕方のないことだと思うしかありません。人生のゴールも見えそうな年になってきました。どうか惨めな終わり方をしたくないと思う今日この頃です。

役所広司、樹木希林、「わが母の記」映画から