あそこのかどでね・・・・
私は事務所にいながら、運転手が足りないときはよく運転したものです。主に4トン車でいろいろなものを運びました。
伊勢崎市の東部、日乃出町に○○キャビネットという工場がありました。太田の三洋電機の下請けで木工の会社です。その名の通りステレオのスピーカーの木箱を作っていました。当時は小型のステレオが主流でスピーカーの木箱も手のひらに乗るようなサイズでした。
その製品を一日に何回か伊勢崎から太田まで運んでいました。その荷姿は大きなパレットに積んではあるのですが、いわゆる棒積みです。ふつう箱物、袋の肥料などは運送中、保管中に崩れないように互い違いに組んで積み上げます。しかしこの会社の積み方は全くの棒積み・・・それが背の高さより積んであるので少しでも動かすとユラユラするのです。ロープもかけられず、固定するのはもっぱらシートのみ、運転手の熟練が必要な荷物でした。
ある日のこと、運転手が足りず私が運転することになります。何回か○○キャビネットの荷物は運んでいたので要領は掴んではいました。トラックの荷台に積み込みシートをかけ出発となります。何事も慣れた時が危険と言います。
この日の私は慢心していました。調子よくスタートさせ工場の曲がり角に差し掛かります。(ちょっとスピードがでてるかなぁ・・・)そう思いながらも角を曲がります。バックミラーに異変を感じます。2メートルほどに積んだスピーカーの箱がゆっくりとゆっくりと崩れていきます・・・・シートが掛かっていましたので地面には落ちませんでした。積み直すほかはありません。
その光景を見ていた○○キャビネットの掃除のおじさんが徐に近づきてきました。
「崩しちゃったね・・・」
その一言を聞いて・・ドッキリして・・ふと思いました。
「おじさん。会社のみんなには内緒だよ。お願いします」
「わかったよ・・・大丈夫!!」
2時間ほどかけて荷物を積み直し、何とか納品しました。
次の日のことです。田中さん(4トンの運転手)が、にやにやと近づいてきます。笑みを浮かべつぶやきます。
「あそこの角でね・・・・○○キャビネットのおじさんがそう言ってたよ」
「ええ??」
「荷物崩したんだってね・・大変でしたね」
山村さんにも言われます
「あそこの角でね・・・・」
永瀬さんにも・・・加藤さんにも・・中村さんにも
○○キャビネットに出入りする運転手から、にやけた顔で言われるのです。
口止めをしたのに・・・おじさんは運転手にやたらと言いふらしていたそうです。
「あそこの角でね・・▲▲産業の課長さんが荷物を崩してね・・・半日かかって積み直したんだ・・・あそこの角はゆっくり行かないとだめなんだけどね・・・あそこの角で2人目だ・・・荷を崩したのは・・・」