こいのぼり
ちいさいころ、鯉のぼりがほしくて両親にせがんだことがあります。大空を泳ぐ、おおきな鯉のぼりがほしかったのです。昭和30年代、日本はまだ貧乏な国でした。戦争が終わってまだ20年たっていません。家電製品もようやく出てきたころで、いろんなものが不足していた時代です。当然鯉のぼりを揚げられるような家も少なく、それがほしいという私の望みは随分贅沢なものだったと思います。
何回もせがむので、両親も根負けしたのか、子供の日を前にして、父が、「こいのぼりだぞ」と言って買ってきてくれました。早速、畑に転がっていた杉の木を立て、父が器用に柱にします。ロープを結びつけ父が揚げ始めます。風もいい感じで吹いていたのですが、うまく泳ぎません。父が呟きます。「やっぱり紙の鯉のぼりはよく泳がないな・・・」父が買ってきてくれた鯉のぼりは紙製でした。けれど長さは5メートルほどの立派な長さです。思うように泳いでくれませんが、それらしく泳いでいるだけで満足、私は満面の笑み。
父は、せがむ子供のために何とか買ってあげようと思ったのですが、高くて布製の本格的なものは買えなかったようです。今では考えられない紙製の大きな鯉のぼり、そんなものが良く売っていたなとも思いますが、その鯉のぼりは家族に大事にされ、私が大人になるまで事あるごとに物置から出されてきました。「あの頃は、金がなくてこんなものしか買えなかった・・」そのたび父が呟きます。
私も子供が生まれ、子にせがまれ、いろんなものを買い与えました。そして買ってあげるたび、紙の鯉のぼりを思い出します。親になって、あの時の父のせつなさがわかります・・・
長男が5歳の時、私は大きな鯉のぼりを買いました。吹き流しを含め、5匹の鯉のぼり、5月の空を悠々と泳いでいます。父はその鯉のぼりを見て「立派な鯉のぼりだ」とほめてくれました。そして「おまえたちは、紙の鯉のぼりだったな・・」やっぱりそう呟きました。