ダンス
実家の隣は旅館です。ほとんどの温泉旅館がそうであるように、玄関を上がるとそれなりのロビーがあります。私が小学生のころ、そのロビーでよくダンスを踊っていたものでした。ダンスといっても社交ダンスの様なものではなくて、演歌をバックに踊る「盆踊り」に毛が生えたようなものです。チークダンスまではいきませんが、芸者さんと温泉客が楽しむもので、芸者さんも温泉客もニコニコして手を組んで踊っています。子供心に「なにがおもしろいんだろう?」そう思ってみていました。
ある日の夕暮れ、道路からは丸見えのロビーにふと目をやると、芸者さんらしき人と体を寄り添って踊っている人がいます。またいつものことと思いながらよく見ると、芸者さんらしき人の相手は何と父・・「とーちゃんなにしてるんだぁ????」そう思いながら脇を見ると母が鬼の形相・・・「これはとんでもないことになる・・・」そう思った私でした。
その後父は半時ほど踊り続けます。母は私に見張りを言いつけて家にこもっていますが、とうとう堪忍袋の緒が切れた様子。再び私のもとにやってきてこう言います。「とーちゃんに帰って来いと言ってこい!」なんとも私が怒られているような口調・・仕方なく父に近づき「かーちゃんが帰って来いと言ってるよ」そう言っても父は「そのうち帰る」と言ったまま満面の笑みで女性と手を組んだままです。[まずいぞ・・これは」そう思った私は、父の手を引っ張って「かえろうよ」と困った顔でいうのがやっとでした。
父が帰ってきたのはそれから1時間ほどした後で、私はその間母の憎まれ口をずっと聞かされる始末。父が帰ってくると母は一言「もう帰ってくるな!」その後、いろんなものが私の前から消え、父に向って飛んでいきます。母のコントロールは正確で、ほとんど父の顔面をめがけて飛んでいきます。もう父には土下座しか残っていません。しかし「シャバの付き合いだ。おこることないだろう」そう言うや否や母の怒りがとうとう最高潮に達し、運悪く母のそばを通っていた猫が生贄となってしまいます。猫は母に首をつかまれるとすぐさま父の顔面へ・・・・
私が不思議だったのはなぜ父がダンスを踊れたのか?でしたが、後で母から聞いた話では、労働組合の会合に行くたび、仲間とそういったダンスをしていたそうで、労働組合の地方の幹部だった父はお金がなくとも芸者さんとダンスくらいはできたようです。「シャバの付き合いだ」その言葉で母を黙らせようとした父ですが、女心はそういったものではないな・・・そんなこともわからなかったようです。
もう少しやせると父の雰囲気