天然しいたけ
定年後父は母の営んでいた土産物屋に精を出すことになります。今はすっかり寂れてしまいましたが、昭和の終わりまでは、お土産屋をはじめ、温泉街の商売はなんとか成り立っていたようです。母は、春は山菜、秋にはきのこをメインに商売していて、農家から仕入れたり、父が自分でとってきたりもしていました。父は少しずるいというか、茶目っ気があるというか、商品の説明にちょっとした嘘をまじえることがあります。きのこのなかでよく扱っていたのが「なめこ」「しいたけ」「ならたけ」「シメジ」「マイタケ」などで、昭和40年代までは、天然きのこを専門にとる人がいて、その人たちから仕入れては売っていましたが、老齢化や、天然ものの減少、栽培技術の発達などによって、しだいに天然ものはなくなり、栽培物に切り替わってゆきます。とくにしいたけはふるくから栽培されていて、天然ものなどほとんど見かけられません。しいたけは天然では画像のように半円形で育つことが多く、その姿は毒性のある「つきよたけ」とよく似ています。そのため中毒も多いのです。
ご存知の通りしいたけは笠の開いてないものが商品となり、傘の開いたものは農家で食べるか、廃棄しかありません。味はかえって大きいほうが美味しいという人もいるほどですが、商品としての価値はありません。ある日のこと、父は直径20センチ近いしいたけをたくさん仕入れてきます。そこに天然しいたけと書いた札を掲げます。確かに山に放置したホダ木からとったものなので、天然と言えなくはないのですが、微妙です。「そんな詐欺みたいなことはよせ」という私に父は言います。「こうして売ってやらなければお百姓さんがかわいそうだ。人助けだ」本気でそういう父に、返す言葉は見つかりませんでした。そうするうちにもしいたけは完売します。お客の中には、「うまかったのでもうないのか」という人もいたので、まあ・・どう判断していいやら・・ただ、人助けのつもりで売っていたのは本当のようでした。
天然のしいたけ
毒のあるつきよたけ