父と嫁その9 かつ丼とまぐろの刺身

家はあまり裕福ではなく、こどものころは外食を盛んにできる時代でもなく、家族で外食をするのごくまれなことでした。年に何回もない外食の時、父はきまってかつ丼を注文します。

「とーちゃん、いつもかつ丼だね」

「うん、かつ丼が好きなんだ」

そんな会話がいつものことで、私は父の大好物はかつ丼だと信じていました。

長男が、中学生のなる頃、実家にはあまり立ち寄らなくなります。休日には長男のクラブ活動の手伝いとか、二男の世話とかで、何かと忙しく父母と顔を合わせる機会が減ってきます。かわりに、今度は父が我が家にやってくるようになりました。

きまって、母の手料理とか、山菜とかを手にして水上から伊勢崎まで車を運転してきます。時間にすれば2時間ほどしかいないのですが、ちょうどお昼時なので外食に出かけることが多く、家族そろって出かけたものです。

「とーちゃんは、かつ丼だろ?」

「うん、任せるよ」

妻が言います

「お父さんは、刺身が好きですよね?刺身がいいでしょう?」

父は大きくうなづきこれっきりない笑顔

父が帰ってから妻に問いただします

「とーちゃんはかつ丼が好きだったと思うけど・・・」

妻の言葉

「おとーさんのこと何にも知らないね・・お父さんの一番好きなのはさかな。そして刺身、博志さん(わたしの弟、仮名)に聞いたよ。お父さんは猫だから魚が大好き、猫みたいに舐めるように食べるって・・かつ丼を頼んでいたのは、それしか食べたことないんだって、ほんとは、うな丼食べたいけど高くて頼めなかったらしいよ」

その夜、父から電話がありました。

「久美子に言っておいてくれ、刺身が最高にうまかった!また食わしてくれ」

「わかりました・・・・・」

私より妻のほうが父を理解していたようです。