椎坂峠
広がる沼田盆地
椎坂峠は沼田から白沢へ抜ける国道120号線にある峠です。標高793メートルあります。この峠から沼田盆地が一望できます。1964年に開通し尾瀬への観光客やスキー場へのアクセス道として使われてきました。しかし、山道特有の急カーブや急坂が連続し、降雨や積雪、凍結などで通行止めとなった際は利根町や片品町が孤立化するという問題を抱えていて、2013年11月22日に峠越え区間をトンネルで避ける椎坂バイパスが開通し、交通の流れはバイパス経由へと変わっています。今でも椎坂峠越えの通行は可能ですが、頂上にあった「オルゴール館椎坂」などの観光施設は2012年に閉業し、いまはひっそりとした峠になっています。
私の母校は沼田高校です。群馬の最北、沼田市にあります。当時の入学試験は県下同じ問題で、群馬県の優秀校、前橋高校の入学試験最低点は350点でした。その350点を超える得点を有する者は、沼田高校では数人しかいません。それだけレベルの差がありました。ですが、プライドだけは一流で自らの高校を「利根沼田の東大」「利根沼田の最高学府」などと呼んでいたものです。なにしろ沼田市はまだしも当時村だった片品、利根、新治などの山村から出てきた生徒ばかりです。今のようにスマホ、パソコンなどからの情報もなく、あるのは深夜放送くらい、良くいえば本当に純粋な子供たち、はっきり言って世間知らずの子供たちです。
入学式も終わって授業が本格的に始まります。古文の最初の授業で、先生が「みんなに教えておきたいことがある」そう言っておもむろに話し始めます。まずは沼田高校の生徒と前橋高校の生徒の入学時の学力差です。なにしろ沼田高校からは前橋高校に入れる生徒が数人しかいません。先生はそれを指摘します。次に現役で大学進学できる生徒の少ないこと、しかし浪人すると早稲田、慶応、東大などにも数多く合格する事実を語ります。とにかく田舎で刺激がないせいかのんびりしている。しかし浪人して都会の空気に触れると化学反応を起こして学力が上がる。そうです。入学時と同じままならだれも大学に入学することは困難なのです。先生はそんなことを淡々と語ってくれました。「とにかく君らは田舎者で世の中を知らない。知らないから利根沼田の東大などと馬鹿なことを言っていられる。そんな君たちのことを雄弁に語ってくれる物語が、この利根沼田には古くから伝わっている。いまからその物語を教える。」
先生の物語です。
「むかし、片品の奥に住む親子が沼田を目指して歩いてきた。子供は16,7君たちと同じくらい。一生懸命歩いてやがて白沢を抜け椎坂峠に差し掛かる。椎坂峠に立って沼田を眺めると広い沼田盆地や雄大な赤城のすそ野が広がっている。子供が親に向かってつぶやく。『おとう!日本は広いな~』親父が答えます 『馬鹿言うんじゃね!この3倍はある!』」・・・・・
生徒一同爆笑の渦・・・しかしやがて沈黙・・・みんな自分を振り返ると笑えないことに気づくのです。
さて、この話をもとに努力すればいいのですが、根っからの田舎育ち。いいように遊びまわり、結局どこも合格できずに浪人・・・私もこの椎坂峠の話のように世間知らずのまま大学に進みます・・・
今も働いている私。椎坂峠のようにもう使われなくならないだけましなようです・・・