自家用車

私が初めて車を持ったのは就職してからです。親から頭金を借りローンで買いました。車の名前はトヨタカリーナ、4年落ちの中古車です。その頃車検は新車でも2年で、4年落ち、走行5万キロ程度で新車に乗り換えるのが普通でした。新入社員の私には新車を買う余裕があるはずもなく、やっとの思いで手に入れた車です。いまでは、どんな車にも最初から付いている装備、たとえば間欠ワイパー、パワーステアリング、エアコン、等なにもなく、私の車もエアコンなしでした。その当時は、エアコンは車に負担があるのでつけないほうが良いとか、燃費が落ちるのでエアコンをつけない、そんなことが当たり前のよう信じられていました。しかし、春に購入して夏の炎天下にエアコンなしでは耐えられず、後付けのクーラーなるものを付けました。それは、助手席の下に吹き出し口のユニットをつけるもので、ただ単に冷たい風が出るだけで、除湿機能はありません。冷えすぎると窓が曇ってくる代物でした。やがてエアコンが標準装備なるにつれ、昭和60年ごろには姿を消したと思います。

元来私は器用なほうとは言えませんが、何事も自分でやってみるタイプで、車も自分でいろいろと部品をつけたり交換したりしたものです。部品はどうするかというと廃車置き場に行って自分ではずしてきます。いまではあまり見かけませんが、空き地にスクラップの車をたくさん置いて、部品を売っていた解体屋なるものがありました。むかしの修理屋さんはそこでドアやらハンドルやら、自分ではずして部品を調達していました。いまは、ネットで専門に中古部品を売っている業者も多く、自分ではずすことはないようですが、そんな人たちに混じって部品を吟味するのも楽しいものでした。

最初の車ではラジオのアンテナをオートアンテナ(ラジオをつけるとアンテナが上がってくるもの)にしたり、間欠ワイパー、テープデッキくらいでしたが、2台目の車ではパワーウインドーを付けました。これは、古いクラウンからモーター、スイッチを取り出し、可動部分のステーは自作した代物です。ちょうど妻と知り合ったころで、パワーウインドーも本当に高級な車にしか付いてない時代、自慢の一品でしたが、ある日、妻とドライブ中、雨が降ってきたので上げようとしたら、なかでガラスを支えていたステーが外れ窓が落ちてしまいました。雨の中、手でガラスを抑えながらの走行は、いまでも妻には笑いの種にされる出来事です。

当時のトヨタカリーナ1600GT